2016年01月02日

元旦の夜の夢(二日目の朝)

滑るような映像が三分割画面で流れていた。

スキーの時に移り変わる地面を見おろしているかのような距離感。

映像はしばらく流れていた。

三分割画面が、実際に誰か三人の視点であるならば、、、
彼らは一斉に転んだ。

私からすると、「めくられた」ようにも見える映像だった。

それは、偶然を活かした “めくりワイプ”。

その瞬間、一緒に寝ていた息子が布団から落ちていて、
何か言いながら起き、私の中に入り、再び眠った。

私の夢は初夢らしくない。
しかし、子どもが私と一緒に寝ることは普通あることではないので、
そのこと自体が僥倖と言えるだろう。

もちろん、実生活の中でいろいろと伏線はあるのだ。

説明が足りないとは思いながら。
posted by editor-man at 08:14| 日記

2016年01月01日

これも、

しばらく唯の考え事か判別がつかなかったが、夢だった。

山の上で、景色を眺めながら足湯につかり、マッサージをしてもらい、
同時に少しお酒を飲めるお店が新しく営業していた。
広告にでてきそうな女性が足湯につかりながらサワーのような飲み物を飲んでおり、
私も風景に映えるその人と同化するようにして、半分体感していた。

明確な証拠はなかったが、夢の中で高尾山だと感じていた。^^)

微睡みおきつつ、わざわざ夢に見るほどの発想とも思われなかったが、
夢でないと浮かばない事なのかもしれない。

初夢を意識していなければ、考え事の一過として永遠に蓄積されていたことだろう。

日付も変わっていない。早く起きすぎた。
初夢の適応範囲は広いらしいので、このことも記しておく。
posted by editor-man at 23:58| 日記

一応、

一応、初夢だったので。

不思議ではなく、ちょっとした冒険要素のある夢だった。
探偵ごっこのような冒険だったが、仕事として参加していた。
その仕事は午前中に終わってしまった。

午後、ある人から追加作業のメールがあった。

冒頭は個人的な連絡があった。
この体裁には覚えがある。

初めは私がオヤジかどうか。の問いに対する返答。
【はい】【いいえ】の二択で【いいえ】が選択されていた。

続いて午前中の僕についての感想があった。
「あの時の本を回す “くるくる” は、本文での “くるくる” が出ていましたね。」
(夢の丸写しではないが、このように書いてあった。)

あとは、本題である業務連絡が続いた。

仕事のことが沢山書いてあったが、重要なところは金額のところだった。

ほんのちょっとしたことなので、追加作業は5000いくら、
請けない場合、3000いくらです。とのこと。
三時くらいからは、編集作業として再開するかもしれなかった。

午前中と合わせても一万円にいかないではないか、、、
簡単に断って良いと思った。
でも断りたくないとも思っていた。

結論がでないまま、夢から覚めた。
posted by editor-man at 07:27| 日記

2015年12月26日

時間の発生 - 八百万の - かるた会「誓が生まれた日」

八百万の私、、、
八百万が連続する。


IMG_1272.JPG

合わせ鏡(重複)のカードが発生した分、
時間の発生のカードが消滅していた。

かるた会のカード群では、その部分を修正しました。

複数でめくり、あれこれ話す会なので意味も随分あっている。

さて、誕生日の誓くんが来てくれるというので、
題名を「誓が生まれた日」にしました。
誓くん来てくれるといいですね。
posted by editor-man at 00:21| 日記

2015年12月22日

又聞きではある。


お父さんがお母さんに色々教えてあげて
それが嬉しかったから僕は降りてきて生まれたんだよ。

そうなの?見てたの?

ううん。考えたんだよ。
posted by editor-man at 03:29| 日記

2015年12月03日

続けに

知り合いが出る夢を立て続けに見ている。

三回で五人ほど。

現実が夢に迫っているようにも感じる。
posted by editor-man at 21:38| 日記

2015年11月23日

歌は夢だから

今日の午後六時頃、元上司の歌を見に行くために、
高円寺を散歩しながら時間を潰していた。

ふと一昨日、二十日の朝六時頃の会話を思い出していた。

同室で二班に分けて作業していた。
我々の立場では珍しく、見るからに年上の方がいた。

実際の年齢よりも、苦労があったのだろう。
老いた白髪を金髪に染めて、第一線で頑張っている。

深夜をまわっても、彼の仕事は先が見えない。
色々な要因があり、進んでは戻り、クリエイティブの“後出しジャンケン”により
モグラ叩き的に右往左往している状況である。
(向こうも向こうで、結果的に“後出しジャンケン”されたと思うかもしれない。)

彼が監督している編集は、私より一つ下の男性である。

私を監督している男性は、私よりいくつか年上である。

状況説明としては足らない。


簡単に説明すると、、、
仕事は時に、朝から始まって、次の日の朝まで終わらないことがある。
二十四時間、高速で車を走らせるタクシー運転手に近いと思うこともある。

その日は、二日連続の仕事、最終日の二日目は始めから終わりが見えなかった。



斜め前にいる男性は深夜の二時を越えたあたりから、危機を意識したのだろう。

「おじさんは、」
「おじさんは、」
「おじさんは、こう思う。」

自身を「おじさん」と連呼し始めたのを、私は記憶している。

また、私の目の前の編集に、いろいろな質問をしていた。
作業の終焉が近づくころ、私にも話しを振ってきた。


「君はまだ若いんでしょ。」


私は、若く見られる。


「案外、◯◯◯才ですけど。」


「そっか、、まだ若いじゃない。
 まだ、これからだよ。まだ、若いよ。
 大丈夫だよ。これからじゃない。」


久しぶりに年上の人と話しをした気がする。


「なんか励ましてもらってるんですかね。(笑)」

「あのさ。俺が四十の時にね、
 “四十にして惑(まよ)わず”って言葉あるじゃない。
 “四十にして惑わず。五十にして… ” って、あれ。」

「孔子ですね。」

「そうそう、あれ良くできてるんだよなー。
 “四十にして惑わず”ってあるけど、俺は四十代で凄く迷った。
 すんごく迷ったなー。俺、四十代で会社を辞めたんだ。
 迷ったよ。いやー、ほんっとに迷ったなぁ。
 あれって、ほんっとに良くできているよなぁ。
 ほんっとに迷った。ほんっとに良くできてるなぁ。」


おじさん的な独り言ですかね。
ありがとうございます。

クライアントではないが、“お客さん” も帰らずに粘っていた。
朝六時くらいだったと思うが、その部屋には十人以上残っていた。

おじさんとも、もう少し話しをしたかったが、
おかげで媚びない時間を過ごせたようにも思う。

隣の彼は、このような状況を“座敷”と呼んでいた。
僕の性格を次々と言い当てる彼は、他にも気になることを言っていたよ。


ま、いちいちそんなことを気にしている人は、僕しかいないのかな。


もはや、限界を識る時間に入ると、みごとに勝者は誰もいなくなる。
生き残るか、残らないか。
二つの言葉が、いつも頭をよぎるのだ。


朝六時の会話をしみじみと思い出した。
とても、しみじみとした時間だった。



と、今日、午後六時頃に。

きっと歌は夢だから。 こっちも凄かったなぁ。
愛を教える。という肉弾でした。


いろいろおかげさまで。
posted by editor-man at 00:52| 日記