2017年01月13日

追記(本書)

たまたま通りかかった神保町の古本屋で、
『古戦場』という本が面白そうだったので買って読んだ。

『古戦場』監修:佐藤春夫

その本は幾つかの代表的な戦の布陣を、現在の写真や地図なども混じえて解説する
精緻で重厚な学術書でありながら、それでいて人間ドラマを幻前させる情感も手放さなかった。

私がここで拾ったのは、秀吉が光秀を破った「山崎の合戦」の章での記述。
本能寺の変を知った直後、全軍が急転し「大返し」と言われる天下取りの発端、
水攻めで落城させた備中高松城の清水宗治の死について。

本書では、清水宗治の辞世の歌として以下の歌を記載している。

 浮世をば今こそ渡れ武士の 名を高松の苔に残して
 (うきよをば いまこそわたれ もののふの なをたかまつの こけにのこして)

本書中で、最後の起爆装置になるほどの歌である。
しかし『古戦場』では、同じく自刃した兄の月清入道の歌とされ、
代わりに次の歌が宗治の歌となっている。

 世のなかに惜るるとき散りてこそ 花も花なれいろもありけり
 (よのなかに おしまるるとき ちりてこそ はなもはななれ いろもありけり)

人口に膾炙しているのは、二人二首、あべこべの組み合わせだが、
『古戦場』では細に入って記述しているので、こちらが正しそうだ。

一応、ググって簡単に調べてみると、わずかに2チャネルの履歴から
「宗治と親しかった中島元行(母は宗治の叔母、妻は宗治の娘、高松籠城にも加わった)の 残した文章」
と記述があった。

ここは全くブログという、まあそれなりに
軽めの媒体(メディア)ではあるが、ここに追記しておきます。

そして今思い出すのは、光秀の娘、細川ガラシャの辞世の歌。

 散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ

ガラシャは父と同じく仇人となって散った宗治の歌を知っていたのだろう。
彼女は死ぬときに、光秀や宗治を想っていたのだ。
改めてそう考えると胸が熱い。
posted by editor-man at 22:45| 日記