2015年11月23日

歌は夢だから

今日の午後六時頃、元上司の歌を見に行くために、
高円寺を散歩しながら時間を潰していた。

ふと一昨日、二十日の朝六時頃の会話を思い出していた。

同室で二班に分けて作業していた。
我々の立場では珍しく、見るからに年上の方がいた。

実際の年齢よりも、苦労があったのだろう。
老いた白髪を金髪に染めて、第一線で頑張っている。

深夜をまわっても、彼の仕事は先が見えない。
色々な要因があり、進んでは戻り、クリエイティブの“後出しジャンケン”により
モグラ叩き的に右往左往している状況である。
(向こうも向こうで、結果的に“後出しジャンケン”されたと思うかもしれない。)

彼が監督している編集は、私より一つ下の男性である。

私を監督している男性は、私よりいくつか年上である。

状況説明としては足らない。


簡単に説明すると、、、
仕事は時に、朝から始まって、次の日の朝まで終わらないことがある。
二十四時間、高速で車を走らせるタクシー運転手に近いと思うこともある。

その日は、二日連続の仕事、最終日の二日目は始めから終わりが見えなかった。



斜め前にいる男性は深夜の二時を越えたあたりから、危機を意識したのだろう。

「おじさんは、」
「おじさんは、」
「おじさんは、こう思う。」

自身を「おじさん」と連呼し始めたのを、私は記憶している。

また、私の目の前の編集に、いろいろな質問をしていた。
作業の終焉が近づくころ、私にも話しを振ってきた。


「君はまだ若いんでしょ。」


私は、若く見られる。


「案外、◯◯◯才ですけど。」


「そっか、、まだ若いじゃない。
 まだ、これからだよ。まだ、若いよ。
 大丈夫だよ。これからじゃない。」


久しぶりに年上の人と話しをした気がする。


「なんか励ましてもらってるんですかね。(笑)」

「あのさ。俺が四十の時にね、
 “四十にして惑(まよ)わず”って言葉あるじゃない。
 “四十にして惑わず。五十にして… ” って、あれ。」

「孔子ですね。」

「そうそう、あれ良くできてるんだよなー。
 “四十にして惑わず”ってあるけど、俺は四十代で凄く迷った。
 すんごく迷ったなー。俺、四十代で会社を辞めたんだ。
 迷ったよ。いやー、ほんっとに迷ったなぁ。
 あれって、ほんっとに良くできているよなぁ。
 ほんっとに迷った。ほんっとに良くできてるなぁ。」


おじさん的な独り言ですかね。
ありがとうございます。

クライアントではないが、“お客さん” も帰らずに粘っていた。
朝六時くらいだったと思うが、その部屋には十人以上残っていた。

おじさんとも、もう少し話しをしたかったが、
おかげで媚びない時間を過ごせたようにも思う。

隣の彼は、このような状況を“座敷”と呼んでいた。
僕の性格を次々と言い当てる彼は、他にも気になることを言っていたよ。


ま、いちいちそんなことを気にしている人は、僕しかいないのかな。


もはや、限界を識る時間に入ると、みごとに勝者は誰もいなくなる。
生き残るか、残らないか。
二つの言葉が、いつも頭をよぎるのだ。


朝六時の会話をしみじみと思い出した。
とても、しみじみとした時間だった。



と、今日、午後六時頃に。

きっと歌は夢だから。 こっちも凄かったなぁ。
愛を教える。という肉弾でした。


いろいろおかげさまで。
posted by editor-man at 00:52| 日記

2015年11月22日

夕飯食べてすぐ寝て、寝つく時間に見る夢は暗示になりやすいか。

先ほど色んな夢をみた。

まだ覚えていて、かつ言語化する気力が自然と実体になる夢だけを記す。
つまり、ここでは通常になっている「不思議な日記」を書き付けるのだ。

単なる夢なので不思議とも思えないのだが、本書がでてきたのでね。

さあ、夢の話をしよう。


私の父親が日野市で本屋の店主になった夢。
その店に、私は訪れた。

“つい先日、手渡しで返本してもらった「三冊の本書」”を、
私は夢の中までも持っていて、父親の本屋に三冊を置いて貰ったのだ。

正直、もっと持ってくれば良かったと思った。

売り場は広く、書棚は低く遠くまで見渡せる。
その本屋の名は現実にあるのだが、父親は、“AYUMIブックス”の前店主に
半ばお願いされるような形で、店主を引き受けたのだった。

お客さんは一人もいなかった。
父親はレジの後ろで立っていた。

私はVHSテープの十本組を三つほど、定価の四割で仕入れていて、
しかも丁度私は、細長い縦長の棚も持ってきていて、
強引にレジ横に棚ごと置いて、そのテープも売るように勧めた。

私は卸しのような商売はしたことがないが、
今時、VHSテープは商品在庫としても倉庫を圧迫するだけなので、
私でも四割で仕入れることができたのだろう。

父親は、何をしたら良いか、わからないようだった。
何をしたいかも思い浮かばないようでもあった。
“年齢的にもレジの後ろで立っているだけで、精一杯だ。”
と、思っている風でもあった。

AYUMIブックスは、町の小さな新刊書店のフランチャイズなので、
ほとんど新刊書店の典型的な品揃えをしており、
本来、本書とは無縁の本屋さんである。

何か縁があるとすれば、私が最近よく使う「あゆみ」という言葉だけだ。

私の知っている限り、新刊書店は新刊書籍を回転させて商売をしなくてはならない。
新鮮で目を引き、わかりやすく社会性のある書籍を並べるのだ。
鮮度が薄れた書籍を取り次ぎ会社に返本し、次々に押し寄せる新刊に取り替えていく。
わかりやすく言うと、昔ながらの八百屋や魚屋さんに近い。
昨今の書籍離れもあり、はたから見ていてハラハラするほど斜陽な仕事である。

少し大きい本屋や、新しい本屋であれば、作家を招待し、
イベントを催すのも通常の営業状態となっている。

このAYUIMIブックスも、前店主の時はイベントを開催していたようであった。
ついこの間までポスターサイズほどの黒板にイベントの予定が書いてあったのだが、
今は消されている。

ちゃんと引き継ぎができていない。
前店主と連絡さえ取れないのだろうか。

そう言えば、本書を出版して間もない時に、AYUMIブックスの、とある店舗にも
「本書」の営業に行った時があったが、ハエを払うように断られて痛い思いをしたことがあった。

書店業界では、店舗に営業がまわって書籍を置いてもらうのは慣例であり、
当時の私も、それを何となく調べた後に、慣例に則って行動したまでであるが、
突然、本書を持って知らない人が現れるのだから、一瞬で叩きかえされることも当然あることなのだ。
そうね。両親にも書店営業をお願いして数店舗まわってもらったが、結構すぐにあきらめていたもの。。


そうだ。本屋に行ったのだが、お客もいないので半分以上は川の土手で父親と話した。
そんな夢。


私の父親は、本屋に向いているのだろうか。
夢の中の出来事とはいえ、少し心配だ。
posted by editor-man at 00:34| 日記

2015年11月17日

反対側から

今日、服を反対に、、、
昼に気づいたのだが、服を裏っ返しに着ていた。

服には、商品情報のピラピラがあるじゃないですか。

それが、表でピラピラしていたから気がついたのだった。

私が真っ先に思ったのは、古代の風習だった。

服を裏ッ返しに来て眠ると、思いを寄せる恋人と
夢の中で『逢瀬』できる。と

また、恋人たちが互いの下着(はだぎ)を交換し、身につけて別れる。
そのような、恋の契りの習慣を。

とはいえ、今日の仕事先には異性はいなかった。
なんの関係もない現れのようにも思えた。

目の前にいる男性は、私の裏ッ返しの服よりも何倍も変な服を着ていた。
彼は当然、私の服には気づいていない。
地味な私は私なりに、服を反対に着て、彼のオシャレに対抗している。

商品情報のタグって、こんなにピラピラしていたっけ。
子供ころ、裏ッ返しに着た時より、枚数が増えている。
コンプライアンスやらで、記載しなければいけない情報も増えたのだろうか。


今日は寂しかった。


(突然、男性のぶかぶかシャツと短パン着た痩せた人、みたことがある。)


考えようによっては、
寝ぼけていたので、反転した夢の世界が現実に引きつられていた、の かな。

だから、お験(しるし)ですか?と、思えないこともないね。



- 日を同じくして、時間経過があってしるす。-


最近、毎日のように仕事をしている。飽き(アキ)を感じ始めるほどだ。
結果、生活リズムがズレることもある。
先ほど、夕飯を食べてすぐに眠りに落ちてしまった。

夢を見た。

小学校の先生になった、夢だった。

子供だった頃を想えば、少し小さくなった校舎。

私の一番最初の授業は、
時間を自由に使って子供たちに話したかった。

「校長先生に選ばれまして、
 いやクラス長かな?クラス長に選ばれまして、、、」

おはなし、辿々しかったかな。
夢の中では投票で先生に選ばれたので、夢の中でこんがらがってしまったんだ。

かつて、誰でも自由に将来の夢をいろいろ思い浮かべる思春期あたりに、
学校の先生もいいなと、漠然と思ったこともあったのだが、
勿論、実際のところ、不真面目な私が教職をとれるわけもなく、
今まで誰にも言ったことのない淡い恋心のように、ほのかに胸に残っていたのだろう。
その純粋な気持ちが純粋に夢になっていた純粋な夢で、今回とても楽しかった。

小さい子供の教室であったのだが、
生徒は大人だったかもしれない。

今思うと、子供たちの背の高さが大人の縮尺なのだ。

何故か、小学生の頃のお友達の男子が有名サッカー選手になっていて、
大人になって凱旋し、母校?の小学校の全教室に補習?に来ていた。
そして、彼は僕の授業には、生徒兼、謎のアシスタント(おっちょこちょいロボット)
として参加していたのだ。
大人である彼の背丈と、子供たちの背丈がわりと一緒だったんだよな。
(だから生徒一人一人が大きいから、、、生徒が少ないわりに空間の隙間が少なかったのだろうな。)

そうそう。もしかして彼は純粋に、サッカー選手になりたい。と
思った時期があったんじゃないかな。

と、実際は、私の母校であった山の上に位置する小学校は既に廃校になっているらしい。


ところで、何故 この夢をここの日記に記す 面倒な作業をしたかと言うと、
私は来年お正月、一月五日に千駄木のSTOODIOという所で、かるた会、
つまりは「かるた教室」をするんです。
ですが、こんな私はこんな私ですし、流石に一件のお申し込みもない状態です。
久しぶりだったり、知っている仲でも、この機会に話せたら楽しそうですが、
まだ知らない人とも会いたいので、お気軽ご連絡いただけたら嬉しいです。
ので。

このメールアドレスまで、是非。
taki-the-world(あっとマーク)film-c.com

※(あっとマーク)は、記号の@です。

夢おこし、よいしょっと。

posted by editor-man at 00:35| 日記

2015年11月15日

魔神傘

魔神傘を忘れて引き返した。
制作の女子が降りてきた時には、出る人と入れ違いに建物に入っていた。

ロビーの傘立てにあったのは、小さく痩せたビニール傘が1つ。
これではない。

「傘を忘れました。」

「どんな傘ですか?」

「普通の傘なんですが、目印は緑色にプリントされた魔神です。」

机の下の傘は大きめのビニール傘だ。
これではない。

「ああ、わかります。その傘は◯◯の傘ですよね。
 以前、似たようなこと聞いたことがあります。」

「(えっ)そうです。その傘です。」

この部屋には無い。
扉を開けて廊下に踏み出した時、かすかに

「デジャブ」

と言った声が聞こえ、彼は後ろに着いて歩いた。

「タバコ、、、(一呼吸あって) 
 僕もタバコのジッポは、必ず決まったもの使います。
 男って、こういう所にこだわりますよね。」

私に寄せる、珍しく強い共感の情を感じた。

「そう。そんなようなもんです。」

一瞬にして、とても大切なものである。との、共通認識が生まれた。
これは誰かにとってデジャブでも、私にとって初めての感覚。

通りすがりに置いてある傘も開いて調べた。
やはり、誰かが間違って持ち帰ったのだ。

“今日は、土曜なのに人が多いな”

という会話を耳にしていたので、私は早々にあきらめた。
ロビーを出た所に、ボロボロのビニール傘があった。
彼は、わざわざ開いて調べてくれた。
これでもない。

私に魔神傘の魔法がかかっていることは、もちろんだが、
少し彼にも魔法がかかっていたのかもしれない。

一本の傘のために、手間を掛けさせてしまって、申し訳なかった。
もう大丈夫です。

彼らが少し申し訳なさそうな、真剣な顔をしていたのは、
それ以上に、私が真剣な顔をしていたからだろうか?

「大丈夫です。良いことをしたんだと思います。
 きっと、あの傘を必要とする人がいたんです。」

posted by editor-man at 04:25| 日記

2015年11月11日

なにいろ

ナニイロニモ、ソマラナイ

こんな信号を見た。

そこで今日、一首、


 何色も染められないの、あの衣。
 色を弾いて色を吸うから?


昨日は、殆ど一瞬で終わるような作業だった。

ソマラナイスタイル。
それは黒でした。
けれども。。


時間ができたので、その場所に住んでいる人と久しぶり。

そこでは普通で安いのがキングだったので、キングにした。

縁起がいいのかも。
posted by editor-man at 19:57| 日記

2015年11月09日

びわ

枇杷がたわわに生った木の夢。
その日の、朝、一つの卵が二つになった。

あなたは、これを書かないのか。と、
興奮していた。

それは良かったね。
それ自体、良いことだったね。
長期的に見て、良いことかもしれんね。

確率は、、、

そうとも君、私には、それほど。
あまり気乗りしなかった先日、、、

陽和が、、、あ、 「びわ」と打って「陽和」と出た。

今では、「枇杷」が一番に表れる。

陽和を出したのは私かもしれない。
posted by editor-man at 23:42| 日記

2015年11月02日

サカナがお礼を

夢ではなく、しかし、実際の人の話でもない。
また人であったが、本当のサカナでもない。

とある箱の中。。。

サカナが発奮のお礼にくるとは、、、

それは、おとぎ話の世界観でもあったのだ。

「大げさだよー」

と、僕も?、言ってやったのだ。
(僕は言っていない。)

最後の場面は、ユーフォー基準のイタヅラな三択となっていた。

・UFOあり、イルカあり。
・UFOなし、イルカあり。
・UFOなし。

以上である。


不思議な言い回しをしたのは、
僕が不思議だと思うからだろう。

何らかの必要を感じたのかもしれない。


これは夢の話ではない。
ほぼ昨日のこと。

僕は、UFOあり、イルカあり にした。

“ おおー。” だれかが言った。
posted by editor-man at 09:47| 日記